【間違いだらけのウォーキング 歩き方を変えれば痛みが取れる 木寺 英史(きでら えいし) 著】を読んでみました。
この書籍は、ひと味違った視点から、外反母趾を含む、足、膝、腰などのからだの痛みについて論じています。著者の木寺 英史さんは、九州共立大学准教授で、『常歩身体研究所』の代表をなさっています。そして、『身体動作論』や『身体運動文化論』などから、合理的な身体操作を研究されています。
この、『合理的な』という言葉に、木寺先生の研究を知るためのポイントがあるような気がします。
私が、この本を手に取った時は、木寺先生のことは全く知りませんでしたので、一般的なウォーキングのフォームを変えれば、痛みとサヨナラできるんですよ、的な、いわゆる指南書なのかな、と思いました。けれども、ページをめくって、目次を目にした途端、安易な予想が良い意味で大きく外れたことがわかりました。そして、「これは、面白そうな本だぞ!」と、わくわくしてきました。
木寺先生は、日本人と欧米人や黒人との骨格の違いから、欧米で編み出されたウォーキング法は、日本人には合わないこと。合わない歩き方を続けていることこそが、からだの痛みを生み出しているのだ、と言います。え~っ!と思ったのは、私だけではないはずですよね。毎朝、近所の公園で、大きな歩幅で、大きく腕をふって、少しでもカロリーを消費すべく、エクササイズウォーキングなどと呼ばれるフォームで歩いては、本日のノルマ達成!と手帳にマルを付けているあなたは、何てこと言うの!?健康に良いから(本当はやりたくないけど)毎日頑張って歩いているんじゃないの!と怒るかもしれません。
私も、フォームはともかく、毎日、朝晩のウォーキングは続けていますから、わっ!全否定されてしまったのか…と少々ムッとしました。でも、読み進めていくと、先生はウォーキングそのものを否定しているのではないのです。問題は、歩き方、それも目的に合った歩き方をすれば良い、と言っているのです。からだに痛みがなく、ダイエットが目的の人は、エクササイズウォーキングを続けて結構。でも、からだに痛みがある人が、先生の推奨する歩き方を、『普段の暮らしに取り入れられる程度に身につけることができれば、「からだの痛み」を軽減することができる』のだそうです。その、からだの痛みには、当然、外反母趾も含まれます。
『普段の暮らしに取り入れられる程度に身につける』これがまたポイントです。本書で紹介されている歩き方は、木寺先生いわく『少し変わっているので慣れることが必要』ですが、私には、かなり変わっていて、今までの自分の脳内にある『歩く』あるいは『ウォーキング』という概念を根本から覆すくらい、慣れるまでに時間がかかるのではないか?と思えました。
でも、心配ご無用。先生は、この本のあちこちに、『からだの痛みを防ぐ日本人らしい歩き方』を読者が身に付けていけるように、『ドリル』として、ストレッチなどを、写真付きで紹介してくれています。ドリルは18までありますが、始める前から、18もあるの!?無理むり~!と、思ってはいけません。先生は優しいんですよ。『「からだ」はそれぞれ特性がちがいますので、すべての「ドリル」を実践する必要はありません。ご自分で試されて取り組みやすいものからはじめてください。効果が徐々にあらわれることと思います。』と言ってくれています。
私も、読書しつつ、気になったドリルを試してみましたし、すぐに自分の立ち方や歩き方に、出来そうなものだけ取り入れてみました。…が、これがとっても難しいのです。一日二日では、到底身に付きそうもありません。ストレッチも、今までの自分の歩き方で、膝や股関節がかたまっているので、ドリルを三つほど行っただけで、翌日には軽い筋肉痛がありました。言い訳をするようですが、私はヨガのレッスンを毎週受けているので、決してからだがかたい方ではありません。でも、ストレッチを行ってみて、いかに自分の歩き方が、からだに負担をかけ、それによって股関節や膝が正しい位置に保たれていない状態なのか、を思い知りました。これでは、外反母趾になるはずです。
木寺先生は、日本人らしい歩き方を研究されるうえで、古来の日本人の歩き方として名高い『ナンバ歩き』についても言及されています。私は、ナンバ歩きという名称と、右足を出す時には右手を前に振る歩き方。忍者はこの方法で歩いたり走ったりしていたので、脚が速かったらしい、そのナンバ歩きをフォームに取り入れたと言う陸上選手が、素晴らしい記録を出した、くらいの認識しかありませんでした。しかし、木寺先生は、古来のナンバ歩きには無理があるとして、否定されています。先生の推奨する常歩とは、ナンバ歩きとは異なる、合理的なからだの動かし方からなる、歩き方なのです。
どうですか?読みたくなってきませんか?私は、毎日少しずつでも、常歩の動作を身に付け、外反母趾の痛みとおさらばしたい気持ちでいっぱいです。